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1月期アニメのおさらい(その3)

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放送当初から、タイトル的に妙に気になっていたのが「夜ノヤッターマン」でした。
これまでこの時間帯では、峰不二子とかガッチャマンとかをアダルティーなスピンオフにしたような作品が続いていたので、これも「夜ノ」というくらいで、アダルトタッチのヤッターマンなのかな?…と、当初はそういった方向性で気になっていました。
しかし内容を見てみて、それ以上に興味を引かれる面がたくさんあり、結果的に非常に面白いアプローチだったなぁと感心しています。

はるか未来、ヤッターマンとドロンボー一味との「戦争」は世界を荒廃させ(まるで北斗の拳の世界観みたく)、なんとか戦いに勝利した「正義の」ヤッターマンが、理想の国「ヤッター・キングダム」を建国していた…そんな設定で話は始まります。
しかしヤッターマンが支配する理想の世界とは名ばかりで、その実は民衆を苦しめる地獄のような世界…そこに立ち上がったのがドロンジョー、トンズラー、ボヤッキーのそれぞれの子孫にあたる3人でした。
特に「ドロンジョーちゃん」は、まだかわいいお子ちゃまです。
やがて戦いの中で、「がんちゃん」と「あいちゃん」が仲間に加わり、徐々に「悪の」ヤッターマンの秘密に肉薄してゆく…というお話でした。

オリジナルのゆるいギャグタッチは大事にしながらも、「正義の味方が支配する地獄のような世界」という際だった世界観が見る者を引き込んでゆきます。
「正義の味方」が悪の限りをつくし、それに敢然と立ち向かうのは「悪の一味」…権威や既成概念の逆転の構図は、ある意味人の心を引きつける鉄板な設定でもあると言えます。
結局のところ、悪はかつてドロンボー一味の黒幕だったドクロベー(実は宇宙人だった)であり、憎っくき宿敵・ヤッターマンの名のもとに人々を苦しめることで、自分の邪魔をした全ての地球人への復讐をなしとげようとしていたのでした。

さて、この設定を見た時は、往年の「タツノコアニメ」ファンであれば、「これって…」と思ったのではないでしょうか?
これって「ガッチャマン」の敵味方の構図のオマージュなんじゃないの?
ガッチャマン(第一シリーズ)の最終回を見たのはまだ子どもの頃でしたが、単に「悪を倒しておしまい」という最終回が常道だった時代に、異彩を放つ内容だったことははっきりと覚えています。
悪の組織ギャラクターの構成員は、大幹部のベルク・カッツェをはじめ、実はみな地球人です。
様々な理由で悪の総裁「X」にスカウトされて組織を形成し、ガッチャマンたちと戦っていました。
しかしその総裁Xは、実ははるか宇宙の彼方から渡来したいわゆる「宇宙人」であることが最終回で明かされます。
総裁Xは何らかの目的のために、地球を実験場にして地球人同士を戦わせていたのです。

今回の「夜ノヤッターマン」の解釈によれば、ヤッターマンのみならず、タイムボカンシリーズの全てにおいて、正義の味方も、悪の手先も共に地球人で、「そーら、お仕置きダベ~」でおなじみの声だけの黒幕が実は宇宙人だった…というのです。
ドロンボーたちの子孫が人々のために悪と戦うという構図は、そういった「同じ人間同士」という人類愛にもつながる熱いものを、見る者になげかけているように感じました。

この点に限らず、この作品には往年のタツノコ作品のパロディーやオマージュがそこここにちりばめられていて、そういった点でもアニメファン歴ほぼ半世紀の私などにとっては、楽しい作品でした。
ズバリ「マッハ号」が登場した回もありました。
特に象型メカの上を飛び越えてくるシーンなんて、思わずブッと噴いてしまいました。
完全に「マッハGOGOGO!」のオープニングのパロじゃん!

さらに「未来警察ウラシマン」的なキャラや「いなかっぺ大将」的なキャラ。
ちょっと登場した赤ちゃんのかぶりものなんて、「ハッチ」じゃん!
アクションシーンはあの伝説の「破裏拳ポリマー」を彷彿とさせるものもありました。
おそらく真剣に見返してみれば、さらにこの何倍もの「にやり点」がでてくるのは確実でしょう。

ところで少し余談ですが、正義と悪との概念の逆転という意味では、これはひょっとしたら最近の日本の政治のオマージュにもなっているのでは?とさえ感じてしまいます。
まあ、これはたぶん私の考えすぎなのでしょうが…
長きにわたって腐敗をたくわえてきた絶対政権が倒れ、人々の期待を一身に浴びて登場した新政権…しかしその政権がやったことといえば…移すと言っていた他国の基地を固定化し、上げないと言っていた増税に積極的に賛成して増税プロセスを確定化し、福祉制度の改善には手をつけずにただお金を撒くだけで、しかもその財源を捻出できると言っていた「仕分け」はただのパフォーンス止まり…
人々が「正義の味方」と信じていた勢力が成したことは、実はこれまで「悪」と毛嫌いしていた勢力のやり方と同じかそれ以下…まさに「夜ノ」の世界そのものじゃないのって言いたくなります。

世間では「新政権」が人材的に無能すぎたのが原因ということで片付けがちですが、しかし「夜ノ」の設定を借りれば、ひょっとしたらあの新政権自体が、旧政権の仕掛けた壮大な罠だったのでは?とも思えます。
新政権の中枢を担う多くの人間が実は旧政権の「手先」で、「正義の味方」たる新政権がやっても、結局は旧政権よりもひどいことになった…という絶望感と厭世感を決定的に人々に植え付けることができれば、その後復権した旧政権がこれまで以上に好き放題に事を運べる環境をつくれる。
もし正義の名のもとに、旧政権と真逆の政策をしっかり推し進めた上で、それがうまくいかなかったのなら納得も出来ます。
しかし政権につくなり、やらないと言っていたことをやり、やると言っていたことをやらない…これでは、おまえらどっちの味方じゃ!?と言われても仕方ないと思います。
アニメでは、そのからくりが暴かれ、悪が倒されてめでたしめでたしでしたが、今の日本にはドロンジョーちゃんたちがいないので、まんまと悪の黒幕の思い通りにされているように思えてなりません。
だいたい考えてみれば、「新政権」時代の歴代の首相(3人ほどいましたか)がみな国会議員になった当時の所属政党って何党だったか考えれば、それほど凝ったシナリオでもないなと思えてしまうのですが…。

最近では、政権がむちゃな政策をおしすすめていっても、それに待ったをかけたり疑念を投げかける声が減ってきている気がします。
「今の政権がだめなら、代わりはあいつらか? それはもっとイヤだな」…そんな思いが多くの人の心に刻まれてしまったという部分は大きいと思います。
これが、当該政党の身から出た錆であれ、あるいは、旧政権の仕組んだ壮大な狂言の結果であれ、いずれにしてもゆゆしき事態だという危機感を日々募らせている今日この頃です。

政治的無関心を基本スタンスにしているカツオにしては、珍しく政治に口を挟んでしまいました(てへぺろ)。
しかしそれはある意味、今の政治情勢がアニメと同等あるいはそれ以下の「ぺらぺら」なものになってしまっていることの裏返しかもしれません。
昔に比べて、政治や思想を語ることの重みが減って、逆に空虚感ばかりが増えてくる…やはりゆゆしき事態です。
なぜって、政治がおかしくなったら、好きなアニメを楽しみ、好きなマンガを描き…といった自由な楽しみもまた危機を迎えるからです。
アニメ好きでフェチ好きな我々だからこそ、過去の暗い歴史を忘れてはならないと思っています。
(その4につづく)
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katsuo8740

Author:katsuo8740
コスチュームフェチサイト「カツオ私設ギャラリー」を主催するカツオの近況報告スペースなので、一応「アダルト」ジャンルではありますが、メインはアニメ(その他)関連のよもやま話(独善的「語り」)です。

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